志を求めて萩へ
AIが進化する時代、私たちは「何を学び、どう生きるか」という問いに直面しています。
「明治維新の精神に学ぶことがある」と感じ、その原点である萩の地を訪れました。
日本の近代化の扉を開いた志士たちの足跡をたどりながら、教育と志の原点に触れる旅となりました。
松下村塾:学び舎の原点に立つ

念願の松下村塾を訪れ、感動しました。
隣接する杉家では、吉田松陰が幽閉されていた部屋を見ることができました。
自身の志を教え子に伝えようとした松陰の決断と覚悟を感じました。

至誠館・吉田松陰歴史館:「留魂録」との出会い
松陰の遺品や書簡が展示される至誠館では、特に「留魂録」に心を打たれました。
死を目前にした松陰が、教え子にその意志と希望を託した言葉から、最後まで実践を通して教育してきた松陰の志を改めて感じました。
蝋人形で松陰の生涯を再現した吉田松陰歴史館では、彼の人間味と情熱に触れることができます。

伊藤博文旧宅・玉木文之進旧宅:志が受け継がれる場所

松下村塾の近くには、弟子である伊藤博文の旧宅・別邸があります。

別邸の中庭にある石灯籠は品川の別邸を建築した記念に明治天皇から贈られた石灯籠であり、その石灯籠の笠には皇室の象徴である菊と、日本国政府の紋章としても用いられる桐の紋が半分ずつ彫られている大変珍しいものだそうです。
また、少し歩いた場所に、松陰や乃木希典を育てた教育者・玉木文之進の旧宅もあります。

教育者の志が、弟子を通じて国家の未来をつくっていったことを実感しました。
吉田松陰誕生地・墓所

吉田松陰の誕生地と墓所は、萩を一望できる高台にあります。遠くに見えるのは日本海です。


墓前の水盤や花立は、門人と妹たちが名前入りで寄進したものだそうです。当時、松陰は幕府から第一級の大罪人とされており、その松陰へ対し名前を刻んでの寄進は当時としては勇気のいる行動でした。それだけ松陰が門人たちから慕われていたのだと感じさせられます。
その他、杉百合之助、吉田大助、玉木文之進、久坂玄瑞、高杉晋作などの墓もありました。
野山獄・岩倉獄跡

野山獄には、海外密航に失敗した吉田松陰が投じられ、岩倉獄には金子重之助が投じられました。松陰は、そこで松陰は仲間の囚人たちに孟子の講義をするとともに自らも俳諧や書を学びました。また獄吏でさえも廊下で松陰の講義に耳を傾けたといわれており、前例のない教育活動を行ったと言われています。「環境に支配されるのではなく、環境を創る側になる」教育で必要な言葉を思い出しました。
逆境の中でこそ、志を磨いてきた松陰の生き様を感じます。

岩倉獄には、重輔絶命の詩碑と松陰が重輔に与えた詩碑が建てられていました。
まとめ:志の原点は“教育”にあり
吉田松陰のゆかりの地を通して感じたのは「教育が人を動かす力になる」ということでした。
吉田松陰の教えは、知識ではなく“生き方”を伝えるものでした。
時代のパラダイム転換を迎える現代は、幕末の日本の状況と似ていたと思います。そんな不安定な時代にこそ必要な“人間の教育”の本質だと感じました。


